ブログ
Blog
料亭 左阿彌の設立時期
左阿彌が建立されたのは、元和元年です。
西暦で云いますと1615年で、今から四百年程昔のことになります。
元和とは、1615年から1624年までの期間を指し、徳川家康の命により、唐の憲宗の年号から用いられました。
元和元年の出来事では、改元の前から起こった大阪夏の陣があり、元和元年五月七日に徳川家康が豊臣秀頼の大阪城を陥落させ終局しました。
終局に際しては、五月六日、家康の孫娘の千姫を淀君の監視下から城外に脱出させ、
徳川を苦しませた真田幸村も戦死。豊臣方の主戦力も壊滅して、勝負は決しました。
そして翌日、淀君と秀頼の母子も自決。豊臣家は滅亡してしまいます。
元和元年7月には、徳川幕府が武家諸法度、禁中並公家諸法度制定を制定し、徳川の長期にわたる政権の礎を築きます。
左阿彌は、そういった戦国の混乱した時代から、徳川の長期に渡る平和の時代が始まる節目の時に生まれたといえるのです。
【 2011/11/14 21:04 】【 左阿彌の歴史 】
最新記事 |
月別アーカイブ |
|
カレンダー |
検索 |